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「芸術と精神分析」をテーマにした授業に対する論考です。2018年クリスマスの時期に京都で受講した授業です。

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Christmas in Kyoto

論点:フロイトの夢分析、ミケランジェロ論、ダヴィンチ論、そしてフロイト自身の葛藤(Oedipus Complex)に何度も現れる両義的な思い(つまり「揺れ」)がどのように芸術と関係しているかを具体的な作品を取り上げて語ってみました。

作品1:映像作品『gradiva』

作品2:《蹄鉄早うちコンテスト》ノーマン・ロックウェル 、1940年

2019-01-25 18.58.51

作品3:《自画像》ノーマン・ロックウェル 、1960年

2019-01-25 18.59.47

 優れた芸術作品は人体に少しの混乱を来すものだと考えられる。本講義の中で取り上げられた無数の視覚芸術作品の中で、私の印象に最も強く刻まれたのはRaymonde Carasco (1939-2009)による1978年の『gradiva』である。揺らめく蒸気が放たれる岩床を1分間眺めていると、突如として艶やかな、そして巨大な女性の裸足とドレイパリーがスローモーションで出現する。想像していたサイズとのギャップに困惑していると、無音だった映像には1分25秒を過ぎた頃に管楽器の不規則で不気味な音が加わる。この映像を観ていると動機で胸が締め付けられ、恐怖と乗り物酔いに似た感覚を味わう。その理由は大きく分けて3つあると考える。まず、映像によって1つの固定された背景を眺めざるを得ない状況が作られることで、軽いトランス状態に入る事を強いられる。1つの対象物に視点を集中させる手法は古典的な催眠誘導法において使われていた。次に、通常目にすることの無い大きさと速度で女性の足とドレイパリーが流れていく事によって平衡機能障害が生じる。人体は「揺れ」を感じると平衡機能によってバランスを保とうとするが、不慣れな揺れには機能が追い付かず、酔ってしまう。最後に視界が地面に押し付けられ、音が不規則であることから自己防衛本能が「突然何かが頭上に降ってくる」可能性に警鐘を鳴らしていることを強く感じた。しかし、これだけ身体が映像から目をそらすように要求する一方で、床に触れそうで触れない女性の足が身震いしてしまう程にエロティックであるため映像から目が離せなくなってしまう。ヒステリアやエクスタシーの象徴である「揺れる(乱舞する)身体ーグラディーヴァ」を観て、私自身が狂気に陥る事はアイロニーに富んでいるが、改めて芸術作品の価値が如何に琴線(つまりは自律神経)を揺さぶり、鑑賞者の狂気を誘うかにかかっている事を自覚させられた例であった。

 視覚芸術では2つの方向に狂気が働く。まずは制作者から画面に狂気が伝搬され、画面から鑑賞者は美しさと共に相反する違和感を感じ取り、その違和感の正体を追い求めて作品を見つめ続けた結果、狂気へと導かれてしまう。スタンダール・シンドロームは後者の代表的な例である。視覚芸術作品の制作には必ず一つのイメージを長い期間見つめ続けることが要求される。前述のように、一点を見つめ続けると人体はトランス状態に入りやすくなる。意識と無意識の境目にあるため、作者の経験と心理が作品のイメージに投影される。本論考では、フロイトの「ミケランジェロ論」に着想を得て、ノーマン・ロックウェル(1894-1978)による二つの自画像を分析する。

 第二次世界大戦(WWII)が勃発して間もない1940年に掲載された《蹄鉄早うちコンテスト》はロックウェルの参列型自画像だと考えられる。米国は大恐慌による景気の落ち込みを1933年に食い止め、1940年に向けて順調に回復していた。WWII及び冷戦で勝利を納めた後は圧倒的な権威として台頭する事になるが、当時はまだ偉大なる父であるヨーロッパへの複雑な感情に囚われていたのであろう。画面右側には赤いシャツを身にまとった逞しい伊達男が蹄鉄を打っている。当時米国はソ連を超大国として意識していたため、赤は社会主義の象徴と考えられる。赤い服の男の周りには老齢の紳士が多く、画面右下から鑑賞者に視線を投げかけている男は試合の状況が信じられない、といった表情である。一方、画面左側の蹄鉄打ちの男性はひ弱で貧しい身なりだが、目の前で追加の掛け金を振り上げている観客の様子から早打ちをリードしている事が伺える。画面左端で笑みを浮かべ、鑑賞者に視線を投げかけている中年男性がロックウェルであろう。この事からロックウェルの父なるヨーロッパ(イタリア・ドイツ・ソ連)への負けん気は伺えるが、一方で1960年に発表された《自画像》では父なるヨーロッパへの両義的な思いが込められている。画面最上部にはローマ式のヘルメットが被され、画中画として描かれている自画像のキャンバスにはアルブレヒト・デューラー(1471-1528)、レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)、パブロ・ピカソ(1881-1973)、ヴィンセント・ファンゴッホ(1853-1890)の自画像が並べられ、彼らと肩を並べたい想いを示している。アメリカンイーグルが装飾された一見鏡のような額は、キャンバスの質感であるため偽の鏡像であると考えられる。唯一鑑賞者と目が合う、画中画として描かれている自画像は「貴方の答えは?」と何かを見透かしているような表情だ。《モナリザ》と同様、どこか斜視気味の目線で絵画の中心線に片目が配されている事が鑑賞者の無意識と狂気に働きかけている。

 

【参考文献】

株式会社ブレーントラスト「ノーマン・ロックウェル展カタログ」印象社、1992年

麻木正美「ノーマン・ロックウェル画集」株式会社白泉社、1997年

トーマス・S・ブッヒュナー「ノーマン・ロックウェル」株式会社PARCO、2002年

カラル・アン・マーリング「ニューベーシック・アート・シリーズ ノーマン・ロックウェル」タッシェン・ジャパン株式会社、2007年

岡田温司「フロイトのイタリア」株式会社平凡社、2008年

ビューレント・アータレイ他「ビジュアル ダ・ヴィンチ全記録」日経ナショナル ジオグラフィック社、2013年

ヴィクトリア・チャールズ他「世界の素描 1000の偉業」株式会社二玄社、2015年

 

About Admin

Artist based in Tokyo. From New Jersey, US.
米国ニュージャージー州出身。2006年慶應義塾大学SFC卒。
大手出版社・IT企業を経て2017年独立。
京都芸術大学(‘17-‘21)で制作の基礎を学ぶ。
2020年に初個展開催、会社員に復帰。

カンディンスキーに憧れ「聴覚と視覚の共感覚」をテーマに抽象絵画を制作。

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