*Currently in Japanese only.

**久しぶりの論考投稿です。2017年8月15日に執筆したものです。
海外ではFilm Studiesがアカデミックな分野として確立されているらしいので、映画を通じた文化比較を試みました。

論点:1954年の初代『ゴジラ』、2014年のハリウッド版『Godzilla』、2016年の『シン・ゴジラ』の比較を通じてそれぞれの時代と地域における大衆の視点や恐怖のイメージがどういうものであったかを分析。

 2016年夏にゴジラシリーズ29作目である『シン・ゴジラ』が公開された。本作は20178月現在、日本の歴代興行収入ランキング(邦画)で17位を記録し、同ランキングに登場する唯一のゴジラ映画となっている。1954年に公開された初代『ゴジラ』は日本初の本格SF映画であり、観客動員数は961万人を記録した。特撮のスペクタクル性のみならず、核を扱った物語は、時代を超えて高い評価を得ている。第3作の『キングコング対ゴジラ』では日米の怪獣王決戦が繰り広げられ、当時のプロレスブームと相まって1255万人の観客を動員した。しかしこれをピークとしてゴジラは映画産業と共に勢いを失い始め、2004年の第28作を持ってシリーズの休止が発表された。今回、東宝㈱が『シン・ゴジラ』の制作に踏み切ったのは、2014年のハリウッド版『Godzilla』が同年の世界興行収入ランキング14位(5.3億ドル)のヒットを記録したからである。本レポートでは、核への言及が印象的な初代『ゴジラ』、『Godzilla(2014)、及び『シン・ゴジラ』を視覚文化論の観点から比較し、それぞれの地域と時代に於ける視点と恐怖のコンテクストを述べたい。

 初代『ゴジラ』は極端な理論を持つ3人の男性に囲まれて悩む女性、エミコの視点を通じて語られている。―ゴジラを生物として愛し、研究したがる山根博士、ゴジラ退治に使える兵器を偶然発明してしまい、その威力を恐れて兵器を公表しない芹沢博士、そして南海サルベージに所属しているため正義感が強い尾形-この三者間で揺れ、最後にゴジラ退治に向けて決断を下すのがエミコである。専門家ではないが、ある程度の知識と正義感があり、自らはヒーローにはなれないが、選択ができるキーポジションにいるエミコの視点は時代や地域に関わりなく共感しやすいキャラクターと言えよう。

 ゴジラ映画に於いて恐怖のコンテントは核実験の申し子であるゴジラそのものであるが、初代『ゴジラ』が描かれる中で恐怖のコンテクストとなったのは第二次世界大戦の空襲だと感じる。暗闇の中で聞くゴジラの足音は爆音に聞こえ、その後に続く避難警報が生々しく空襲を想起させる。東京が火の海と化した際にそれまで怯えていた民衆が「ちくしょう!」と叫び、やられたらやり返すという怒りのモードに切り替わった瞬間は戦争の心理を再体験させるものと言えよう。

 『Godzilla(2014)は海軍の中尉、フォードの目線を中心に語られ、それを補完する視点としてフォードの父ジョーと生物学者のドクター・セリザワを配している。視点を多元化することにより『Godzilla』は複数のオーディエンスを捉える事ができた。まずフォードはアメリカの一般大衆が共感しやすいキャラクターと言える。筋肉隆々で家族思いだが母を亡くした悲しい過去と父との確執を背負っている。一方、ジョーはSFファンが感情移入しやすい性質を持っている。科学に対する強い使命感と、原発事故で妻を亡くしたトラウマから日本に一人で居座り、事故の原因究明に没頭する。そしてドクター・セリザワは日本と初代ゴジラへのリスペクトの象徴であり、このキャラクターの存在によって日本人やゴジラファンが重視する「ゴジラらしさ」が補完されている。ドクター・セリザワはストーリーに対して大きな影響力は無いが随所で仙人のように人類の非力さや自然の偉大さ、そして広島の惨事を忘れないで欲しいと呟く、日本式ウィズダムの象徴となっている。

 本作に於ける恐怖のコンテクストは、無差別テロだと感じる。銃乱射事件を身近に感じるアメリカ人にとってファミリーを守ることが緊急時に最優先される心理なのであろう。命を落としてしまいそうな子供を、大人が救うシーンが何度も印象的に描かれている。これは大ヒットとなったジュラシックパークシリーズと共通している。

 『シン・ゴジラ』ではゴジラを捉える視点に工夫がある。主人公である矢口蘭堂(内閣官房副長官)が映画の中盤になって初めて「あれがゴジラか」と肉眼で確認する点が興味深い。それまでのゴジラ情報は全てテレビ・動画サイト・SNSを通じて民間機関や一般市民が発信したものであり、霞が関で一分前の出来事が議論されているうちに市民によってどんどん情報が更新されるという皮肉な状況が映画前半で描かれている。またゴジラから逃げ惑うシーンの撮影には、スタッフのスマ-トフォン映像が使用され、映画に参加している錯覚を視聴者に与えている。矢口蘭堂は対象オーディエンスとなった働き盛りの男女の声を代弁するような役となっている。人望はあるが正義感のあまりに身分を弁えない発言が多く、その姿は2013年に大ヒットしたドラマ『半沢直樹』を想起させる。ゴジラファンには社会への反逆精神を持つ者が多く、ゴジラが街を壊すシーンに快感を得ると言う。矢口が上層部に物申す姿からは、組織を破壊する快感が得られたのではないだろうか。

 本作の恐怖のコンテクストは紛れもなく東日本大震災である。幸か不幸か、本作は国民の3.11へのネガティブな感情をカタルシスしてしまった。政府と自衛隊はヒーローに見え、原子力という名のゴジラとこれからも付き合い続けなければならない事に妙な納得感を得てしまう。政府が全面協力した映画がプロパガンダでないわけがない、と頭では理解しつつも本作のスペクタクル性に埋もれていたい欲望はコントロールしがたい。

 ゴジラの歴史は人類の脅威とそれを乗り越えるために作られた神話の歴史である。

 

【参考文献】

樋口尚文「グッドモーニング、ゴジラ 監督 本多猪四郎と撮影所の時代」筑摩書房、1992

ピーター・ミュソッフ著、小野耕世訳「ゴジラとは何か」株式会社講談社、1998

野村宏平「ゴジラ大辞典【新装版】」株式会社笠倉出版社、2014

山本昭宏「核と日本人 ヒロシマ・ゴジラ・フクシマ」中央公論新社、2015

長山靖生「ゴジラとエヴァンゲリオン」株式会社新潮社、2016

小野寺優「『シン・ゴジラ』をどう観るか」河出書房新社、2016

藤田直哉「シン・ゴジラ論」株式会社作品社、2017

限界研「東日本大震災後文学論」株式会社南雲、2017

ウィキペディア「ゴジラ映画作品の一覧」<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9%E6%98%A0%E7%94%BB%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7> 入手日:2017-08-15

興行通信社「歴代興収ベスト100<http://www.kogyotsushin.com/archives/alltime/> 入手日:2017-08-15

Box Office Mojo “Yearly Box Office – 2014 Worldwide Grosses” <http://www.boxofficemojo.com/yearly/chart/?view2=worldwide&yr=2014>入手日:2017-08-15

画像:

『ゴジラ』(1954)イメージ:ウィキペディア「ゴジラ(1954年の映画)」<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9_(1954%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)&gt; 入手日2017-08-15

Godzilla(2014)イメージ:Wikipedia “Godzilla (2014 film)”

<https://en.wikipedia.org/wiki/Godzilla_(2014_film)> 入手日2017-08-15

『シン・ゴジラ』(2016)イメージ:東宝「Movie Archives <https://www.toho.co.jp/movie/lineup/godzilla2016.html&gt; 入手日2017-08-15

About Admin

Artist based in Tokyo. From New Jersey, US.
米国ニュージャージー州出身。2006年慶應義塾大学SFC卒。
大手出版社・IT企業を経て2017年独立。
京都芸術大学(‘17-‘21)で制作の基礎を学ぶ。
2020年に初個展開催、会社員に復帰。

カンディンスキーに憧れ「聴覚と視覚の共感覚」をテーマに抽象絵画を制作。

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3 Comments

  1. Interesting topic! I had a chance to be a part of an interview with It Kazunori,z the script writer/creator of another Kaiju movie, GAMERA. You can see and listen to some of his view on Kaiju and what it represents. He also makes a remark about Shin-Godzilla.
    https://youtu.be/xcjG7JwicJw

    1. I love this video!! It captures the evolution and future of Kaijus so well! Fantastic editing! I really enjoyed watching it and have subscribed to your channel!

      1. You can follow Kevin. G (CANADA) under StoryDive on ようつべ or possibly “Introvert meets world”.

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